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長谷川洋 氏 (当事者)(全国文字通訳研究会理事長、日本聴覚障害者コンピュータ協会顧問、元筑波技術短期大学助教授)




「文字通訳と聴覚障害者の知る権利」


  まず、聴覚障害者の聞く権利・知る権利というのが、どこから出てくるかを考えてみたい。これは、やはり基本的人権と言うことになるかと思う。
 基本的人権というのは、憲法に規定されており、第10〜40条までの合計31条が基本的人権に関する条文である。またその中の第14条に、平等権が規定されており、障害者を含めて、すべての国民は、法の下に平等であり、差別してはいけないとされている。すなわち、聴覚障害者も聞こえる人たちと同じように聞く権利・知る権利を持っている。
 基本的人権には、この他、自由権、社会権(生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、請求権、参政権などがあるが、聴覚障害者の知る権利、聞く権利というのは、こうしたいくつかの基本的人権を守るためにも必須のものである。
 例えば、生存権−人間らしい最低限度の生活をする権利−を守るためには、人とのコミュニケーションが保証されていなければいけない。教育を受ける権利や人間らしい労働環境で働く権利を守るためには、情報保障が欠かせない。
 現在では、日常生活での情報保障だけではなく、大学での授業の情報保障、裁判員制度での情報保障、政見放送での情報保障などに文字通訳が関わるようになってきており、これまで以上に、さまざまな権利を守る手段として、活用されるようになってきたことで、今まで以上に聞く権利・知る権利が守られているかという点が重要になってきた。
 さて、そうした状況において、どのような文字通訳であれば、聴覚障害者の権利を守ることができるであろうか? 
 先ほどの平等権という視点から見れば、「聴覚障害者も、基本的には、話の全てを知る権利を持っている」「話の取捨選択権は、聞く人にあり、通訳が行うものではない」はずである。こうしたことは、欧米では当たり前のことであり、文字通訳と言えば、裁判所などに務めている速記者が来て、速記タイプで全文を表示する形である。
 前に総務省関係の委員会に参加したときの情報保障がパソコン文字通訳であった。参加者は、研究者、メーカーの技術者、総務省の専門官などの他に、視覚障害者、聴覚障害者が参加していた。携帯電話の問題、テレビの字幕の問題、JISの改正などが話し合われるわけであるが、いかに聴覚障害者の要望を取り上げて貰えるように説得していくというのが、私たちの役目である。こうした場で、文字通訳の情報が1/2、1/3になったら、聴覚障害者はほとんど対等に議論していくことは難しいし、またそうした乏しい情報に基づいた意見は説得力もないわけで、聴覚障害者の要望は無視されてしまう結果となる。(単に情報が落ちてはいけないというだけではなく、発言を要約したり、別の言葉に変えたりすると、発言者の意図を読み取れなくなり、その場の雰囲気が読めなくなる)
 同時に、文字通訳が完璧であれば、聴覚障害者の権利は守られるかと言えば、そうではない。やはり文字通訳は、少し遅れるわけで、発言したいと思ったときに、すでに次の話題に移っているというのでは、権利は保障されない。司会者が、こうした状況を把握していて、聴覚障害者に配慮をしながら会議を進めることも必要である。聞く権利を守る情報保障というのは、手話通訳や文字通訳など情報保障を行うものだけではなく、そうした場・環境作りも無視できない。
 こうした問題をいくつかの場面を考えながら、聞く権利・知る権利を守るためには、何が必要かを考察してみたい。