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利用者を交渉弱者にしてしまう要約筆記の例


利用者を交渉弱者にしてしまう要約筆記の例

ある大会の企画会議です。
聴覚障害のAさんは、要約筆記で会議に参加しています。
Aさんは、前から話を聞きたかったろう者を講師に呼んで欲しいと要望を出しました。


Aさん/
「○○さんを呼んでいただけないでしょうか?○○さんの講演会は、とても評判が良くて、貴重な体験を面白くお話されるそうです。○○さんは手話なので、通訳もつけて欲しいと思います。

事務局/  (以下は要約筆記の文)
「ろう講師1人、健聴の通訳者2人だと、併せて3人に支払う必要がある。事務としては、会議で
『3人分の予算が必要』と説明しても、皆を納得させられるか不安」

Aさんは、この要約筆記を見て考えました。
「事務局は、私の要望を分かってくれたのだろうか?」
「もう一押し、お願いした方がいいだろうか?」

事務局は、以下のように話していた可能性があります。

ケース@(逐語文)
「ろう講師をお願いするとなると、当然、健聴者の通訳者も2名は置くことが必要ですね、Aさんの
おっしゃることは分かります。
その場合、1時間でろう講師1人、通訳者2人の3人の人件費が必要となるわけです。
事務としては、費用の話を会議に持っていくことになるのですが3人分の費用が必要であると説得してみますが、説明して、会議の人たちが納得してくれれば良いと思いますが、予算の少ない時ですので、分かったもらえるか・・不安な気もします。」
ケースA(逐語文)
「ろう講師に、さらに健聴の通訳者を二名置くという方法ですけれど、Aさんは、必要とおっしゃっているのは分かるのですが、1時間にろう講師1名の他に、さらに通訳者2名の合計で3人の人件費を支払わなければいけないですよね。
事務としては、この話を会議に持って行くとするとですね、1名ではなくて、3人の費用をとることになるのですが、説明してもですね、皆さんが納得するかは、正直なところ不安な気もしますね。」

ケース@の事務局は、「なんとかAさんの希望を反映させたい」と思っています。
ケーズAの事務局は、「通訳謝金は出したくない」と最初から思っています。


現在の要約筆記のテキストは、「話された逐語文」⇒「要約文」と要約筆記者の視点で「要約の技術」の練習のために作成されています。
しかし、利用者は、「要約文」から「話された内容」を推測しているのです。
つまり、要約筆記の練習方法と聴覚障害者の利用方法は逆方向なのです。

要約筆記は、「要約文」だけを見て「聴者と同等のコミュニケーションができるか」という視点で要約文を検証しなくてはいけません。
しかし、現実には、上の例のように、要約文から元の話しの内容「全て」を推測することはたいていの場合、困難なのです。

聴者ならば自然にしている「微妙な表現から話者の心理を推理する」が要約文ではできません。
このため、上記のような「交渉」の場では、要約筆記利用者は、弱い立場に置かれてしまいます。
聴者ならば得ることができたはずのチャンスを逃すこともあるだろうと思います。

これに対する良くある反対意見は、「相手の微妙な心理」が分かるように要約すれば良い、
つまり、「要約技術の問題」であるということです。
しかし、なぜ、そこまでして筆記者が聴覚障害者の判断に干渉する必要があるのでしょう?
単に全文入力すれば、聴覚障害者が、そのような推定も含めて自己決定できるのですから。