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長谷川洋 氏 (当事者)(日本聴覚障害者コンピュータ協会顧問、元筑波技術短期大学助教授)


【レジュメ】

聴覚障害者が求める文字通訳とは?

長谷川 洋

1.基本的には、要約筆記も全文通訳もあってよい
 特に個人通訳(ノートテイク)の場合は、利用者の好み・要望に合った形での情報保障があってよい。
 ただ「要約」しないと、「要約筆記」ではないというのは困る。「文字通訳」であることを求める。

2.「要約」筆記という言葉の罠
 いかに「要約」できるかが要約筆記者の専門性であり、要約のない筆記は誰にでもできるという考え方が広まってしまった。手書き要約筆記では、「要約」は手段であったが、いつの間にか「要約」が目的となってしまった。
 先日、ある人の講演をパソコン要約筆記で情報保障してもらったが、原稿を読むような形で話をされた。それに対して、要約筆記者から、無駄のない話は、要約筆記が難しいことを分かってほしいと言われた。とりとめのない話で書きにくいと言われたことはあるが、まとまりすぎてやりにくいと言われたのは初めてであった。

3.「ゆっくり話すので、そのまま書いてほしい」 → 「できません。講師の代筆者ではありません」
 講師によっては、自分の話をできるだけそのまま伝えてほしいという要望をもっている。ある講演会で、講師が要約筆記を付けるのを断ったという話がある。前に講演を要約筆記付きでやって、書かれたものが自分の話を大幅に違い、それから要約筆記を付けるのを断ったという話である。
 私自身、同じような経験を持っていて、書かれたものが違うので、講演の途中で、「書かれたものが違う」ことを話さなければならなくなってしまった。またことわざが手話では通じにくいので、要約筆記者に書いてほしいと頼んだが、頑として書いて貰えなかった。

4.要約は、二人の頭ではできない → 一人入力
 東京都や全要研、全難聴の要約筆記に対する考え方は、「要約」がポイントであり、それも1/3〜1/5に要約するのであるから、1つの文を二人の人が要約すると、異なる文章になってしまう。これが、講習会で連係入力を指導しない理由となっている。連係入力をしようとすれば、少なくとも2/3程度は、入力しないと、連係が非常に困難になる。
 話された言葉の70%以上を入力することは、手書きでは困難であったが、パソコン文字通訳であれば、可能であり、東京都の派遣以外では、それが主流となっている。

5.たくさん書いても聴覚障害者が読めないのではないか?
 現在、NHKのアナウンサーの話す速度は、300〜350字/分と言われている。一方、読むスピードは、500〜600字/分と言われている。(速読を訓練した人の場合は、数千字/分に達するそうである)。読むことに集中している限り、話す速度の文字が読めないと言うことはない。
 テレビ放送で、ドラマ、漫才や落語に字幕が付くことがあるが、ほとんど読むという意識なしで、楽しむことができる。ニュース番組の字幕でも、映像を見ながら、ほぼ全て読める。読めない場合があるが、それは速度ではなく、別の理由による。
 また、まとまらない話は、スムーズには読めないが、これは聞いている人も同じであろう。
 最近は、パワーポイントなどの資料を示しながら講演をする人が増えてきた。この場合は、文字を読むだけに集中できないだけに、やや大変である。しかし、読むスピードは、話すスピードの倍くらいあるので、両方をちらちらと見ながら、話を追いかけている。

6.全文通訳とは? − これが本来の通訳だと思われる。(音声の場合でも…)
 音声語の通訳では、「等価性」が維持できなければ、即、通訳では失格であると言われており、文字通訳の場合も、基本は、音声と文字が等価であるものを指すと考えるべきであろう。ただ、「等価か?」という判断は、状況によって少し異なる。
 裁判員への情報保障:単に全文だけではなく、言いよどみ、声がふるえている、かすれているなど、文字では表せない声の調子などの情報も必要となる。方言なども、そのまま出す。
 大学(学校)での授業の情報保障:できるだけ、教師の話したままを書いてほしい。語尾までそのままの方がよい。余裕があれば、方言なども出してほしい。冗談などは、枝葉であっても必ず表記する。
 一般の講演会:できるだけ話されたままがよいが、ケバや、繰り返し、言い直しは、省略もありうる。

7.新しい厚労省のカリキュラム
 昨年の3月に、新しい厚労省準拠のカリキュラムが決まった。必須は、講義と実習で74時間、それに選択必須が29時間用意してあるが、その中から10時間を選択すればよい。パソコン要約筆記での連係入力はこの選択必須29時間の中に、8時間用意されているが、それ以外の21時間の中から選択しても講習会を修了することができるので、基本的にパソコン要約筆記での連係入力は、学ばなくてもパソコン要約筆記者になることができる。一人入力では、80文字/分程度をめどにしているので、1/4程度の要約が必要であり、等価という点では、満足できるものではない。
 これから、大学などでの情報保障や、裁判員制度が広まっていくという世の中の動きと逆行するカリキュラムであり、厚労省がこれからの聴覚障害者の生き方をどのように見ているのか疑問と思わざるを得ない。

8.手書き要約筆記は、どうなるのか?
 要約筆記者に合わせて、進行が可能であるような場では、十分活用できる。また絵や図を描いたり、文字の大きさや色を変えて表示できるという面もある。狛江市の場合、パソコン要約筆記と手書き要約筆記の派遣が行われており、講演会などではパソコン要約筆記を依頼し、会の交流会などでは手書き要約筆記を依頼している。このような形での棲み分けは可能だと思われる。
以上